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川崎キ45改「屠龍」とボーイングB-29「エノラゲイ」

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この戦闘機は既に翼がもがれ胴体のみの展示となっていますが、知る人ぞ知る伝説的名機「屠龍」(とりゅう)です。

第2次世界大戦末期、B-29が本土へ編隊を組んで来襲し、日本各地の軍需施設を爆撃、東京大空襲では東京の下町を焼き尽くした時期、B-29の圧倒的な戦力と物量の前になすすべもなく目立った戦果を挙げられずにいました。

当時の日本軍にはB-29と対等に渡り合える戦闘機はありませんでした。

日本軍の戦闘機の性能では、たとえB-29の平均進入高度の1万メートルまで上昇できたとしても、ただ漂っているのがやっとで、B-29に射点を射ることさえ困難な状態であったと言われています。

また、B-29は死角のない遠隔操作の5つの機銃座を持ち、しかも編隊で火網を張るため、接近するのでさえ命がけの状態でした。

そんな相手に対して、日本軍の零戦、雷電、紫電改は昼間戦闘機として、月光、彗星、そして屠龍は夜間戦闘機として、それぞれ性能のギリギリまで出し、有名な前方逆落とし戦法、垂直降下攻撃、場合によっては刺し違え戦法、体当たり攻撃などを駆使して、難攻不落といわれた「空中の要塞」B-29に挑みかかっていったのです。

その中で、この屠龍でB-29を26機撃墜し、後に「龍を食う男」といわれた樫出勇 陸軍大尉は有名です。

このように書くとあっさりしていますが、下の写真を見てください。

B-29と日本軍の「晴嵐」そして「紫電改」が写っている写真です。

晴嵐は屠龍の1.5倍はある機体です、B-29がどれほど巨大で圧倒的な戦力を持った戦闘機であったかがわかると思います。

まるでコンドルに挑みかかるツバメのようなものです。

そのツバメが26ものコンドルを叩き落したというのですから、どれだけすごいか判るでしょう。

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そして正式な記録ではありませんが、樫出大尉にまつわるエピソードがあります。

1945年8月6日、樫出大尉は北九州地区の迎撃任務を受け飛行中、途中でB-29が広島に進入中、急遽広島に転進せよとの指令を受け僚機2機と共に広島へ。

その途中、呉上空にて強烈な閃光を目撃、広島の上空に雲が湧き上がり、すさまじい勢いで上空に突きあがっていくのを見た、と報告しているそうです。

その時、彼は知る由もなかったのですが、それが人類史上初の核爆弾投下の瞬間ではなかったかと思われています。

樫出大尉は広島上空から高速で離脱していく4機のB-29を発見し、後を追ったものの四国上空で見失いました。

樫出大尉のみたB-29が原爆を投下したB-29だったかどうかは確証がありませんが、当時のB-29「エノラゲイ」(核爆弾を投下した機)の兵器士官の個人的なメモに「1003敵戦闘機を確認」と記録が残っている言うことです。

いまさらな話ですが、もう少し樫出大尉の広島到着が早かったら、今の歴史は変わったものになっていたのかもしれないな。と思ってしまいました。

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コメント

おはようございます。
記事読まさせて頂きました。中々読み応えのある内容ですね。
戦闘機、軍艦空母、戦車、機関銃詳しくないですけど
大好きなカテゴリです。

投稿: tama-chan | 2007年11月23日 (金) 08時12分

おおっ!ブログ始まって以来のコメントが!(/ー ̄;)ウレシナキ
Tama-chanさん、こんばんわ!
Tamachanさんもスミソニアン博物館に行ったことがあるとおっしゃっていましたね。

しばらく釣りのネタではなくこちらのネタで引っ張ろうかと・・・。(・・*)ゞ

Tama-chanさんの旅行記のアップも楽しみにしております。(^^)

投稿: くま | 2007年11月23日 (金) 20時36分

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